《次点ズ・ベスト10》 前編の「順不同ベスト10」に惜しくも洩れた役々

            のベスト10です。とは言え、無論いずれも甲乙

            つけ難いものばかり。”次点”とは普通1つだろ

            う、という正論は、この際ひらにご勘弁下さい。

            同じく順不同です。

●大星由良之助『仮名手本忠臣蔵・七段目』:

ファンになって以来渇望していたお役で、これを拝見できた時の興奮と感動は今も忘れられません。
七段目の由良さんって、完璧な大人の男という感じ。人間が理想とするもの、男に求められるものを全部
持っている。
吉右衛門丈の仁なら行けるのは当然(余談。・・あと20年くらいしたら、オレ様とかがこの役なさるよ
うになるんだろうなあ・・^^;;)。
紫の着付けですっくと立った美しさ、立派さは譬えようもない。顔、声、調子、かたち、すべて最高。
「祇園町を離れてからいそげ」なんて、ああもぉ*^^*。
目に焼きついて離れないあの風姿。私の生きている限り、たぶん吉右衛門丈以上の由良之助にはお目にか
かれない。歌舞伎、いやすべての演劇においてすべての俳優が演じたすべての役の中で、この由良之助に
逢えたことは私の一生の宝です。
つまり現在の出来栄えでもベスト10に入れて然るべきもの(うう、どうしよう、神様に対して何て不遜
な物の言いよう・・もちろん、おこがましくて批評なんてできません。
あくまで自分の理解として、です)。個人的に大好きな役なのですがそれだけに欲張ってしまうので、ほ
んとにとってもとってもよいのですけれど、誠に心ならずも、涙を呑んで今回は次点の方に。

・次点の理由:前半、もうほんのちょっぴりだけほころぶような色気が増したらまさに完璧と思われるから。
「でも愛してるのよ〜わかって〜」(←『配達されない由良さんへの手紙』)

●斎藤実盛『源平布引滝・実盛物語』:
50歳で初役は意外。ものすごくよかった。仁に合うとはこういうことを言うのかと思わせる。ただ爽や
かなばかりでなく奥の深さが感じられ、また何と言っても美しい。最後に馬上で扇をかざした顔と姿など、
まるで輝くばかりの美しさだった。
・次点の理由:自分のせい。1度しか観られなかったので貧しい目にはよさが
       十分に分からなかったから。再演熱望!

●団七九郎兵衛『夏祭浪速鑑』:
同じ男伊達でも幡随長兵衛みたいな大物とは違って、「落ち着き自慢の魚屋団七」と言われるに相応な程
度の貫禄は持ちながらも、庶民的な力強さと生活感、そしてちょっと俗っぽい匂いがあってすごく素敵。
吉右衛門丈の団七の殺しの場は、まさに肉体美と色彩美の調和。むろん迫力満点ながら、手足の指先まで
神経の行き届いた見得の一つ一つもけざやかに美しい。全身から迸る殺気、汗びっしょりの頬被りの中に
覗く一種異様な眼光、・・はい、あくまで私の基準に照らして、現在最高の団七です。

・次点の理由:ほんのちょびっとだけ、渋いような気もするから。

●一條大蔵卿『鬼一法眼三略巻・一條大蔵譚』:
『檜垣』、隅々まで細心の注意が払われているのに非常な自然さ。ほわわ〜んとした感じが無邪気で可愛
くて、阿呆ではありながら上臈の円みと品位が横溢しておりしかもツボを押さえたそのおかし味、演技力
は元より抜群のセンスがなければこうは行きません。一度は『曲舞』も拝見したい。
本心と阿呆振りとを仕分ける『奥殿』は、脚本の性格上技巧重視になりがちと言われるようですが、吉右
衛門丈の大蔵卿はその卓抜した技巧を誇示する陥穽に嵌まらず、女たちに対する同情や源氏に寄せる共感
など、役の心を大切に演じられていることが分かります。もちろん完璧に義太夫が入っていなければこな
せないし、踊りはあるし、若さも必要。えらい役だ。

・次点の理由:上記の通り、いかにも見せるための技巧に走っている(言い過
       ぎ?)脚本の姿勢そのものに今ひとつ抵抗があるから。

●佐々木盛綱『近江源氏先陣館・盛綱陣屋』:
特に後半のシックで高雅な衣裳が映えて美しい、理智的で繊細で凛々しい武将。
智勇に長けたばかりでなく、自身の苦衷はそれとして、常に人の心中を慮って行動する情の人であること
が伝わります。「褒めてやれ褒めてやれ」のところ、目を閉じたまま扇子で膝を叩いて小四郎に居所を知
らせるところと共に特に好きなのが、時政を見送って篝火を高く呼ぶ台詞。張り詰めていたものが一気に
解き放たれるような自然な感情の発露で、スピード感、緊迫感、深い情味に溢れたクライマックスです。

・次点の理由:羅紗張の鬘がそれほど好きじゃないから(まあ役柄だから仕方
       ない)。

●松浦鎮信『松浦の太鼓』:
これってそんなに愚劇なのですか?(それが分からん私が愚かなだけ^^;?)
確かに、1時間15分もかけて不忠者と思っていた浪士が実は忠臣だったことが分かるというだけの話か
も知れませんが、あの、何かバカっぽくてちょっとえっちで子供みたいなんだけど決める時ゃ結構決めるっ
ていう松浦候って、観ていてとっても楽しいキャラなのです。そう思わせてくれるのが役者の力。
座布団から跳ね起きて中央へ飛び出て太鼓を数え始める直前、右手を左腕に置いた形で、キッと音を待つ
一瞬の姿が美しい。

・次点の理由:1時間15分もかけて不忠者と思っていた浪士が実は忠臣だっ
       たことが分かるというだけの話だから。

●大石内蔵助『元禄忠臣蔵・大石最後の一日』:
張っても声と台詞は第一級の方なのに、吉右衛門丈のこの役はかなり調子を抑えた行き方だったように思
います。それが朗々と謳い上げるよりもかえって肺腑を抉るものがあるのです。これは観た当時よりも、
むしろ後年になって思い返されたことでした。そして一番好きなのは、吉良家断絶決定の報に接し、内側
からぐぅぅぁぁぁぁあーっと(←本当にこういう感じ)感情が込み上げて来る時の、はっとするほど熱を
帯びた瞳。

・次点の理由:ベストに四段目の由良之助が入っているので、ちょっと似たの
       (討入りの前と後だし、もちろん違うけど)が重なるのを避け
       たかったから。

●片岡直次郎『天衣紛上野初花』:
男の粋の極地。こんな男と惚れ合うてそして逢えなくなっちゃったりしたらそりゃ病気にもなろうて、
いやこんな男に惚れられるなら今すぐ死んでも悔いはない、・・と思わせずにはおかない直はん。見つめ
ていると、あの鋭い、危うい美貌に魂を吸い取られそうで怖くなる。こんな直はん他にいませんぜ。清元
の艶冶な情趣よりはどちらかと言うと、命を賭した恋の苦しさ切なさ濃やかさ、ギリギリ追い詰められた
恋人たちの胸を絞られるような哀切さを感じるのですけれどね。幕切れ、追っ手を逃れながら三千歳を振
り返ると、台詞はないにも拘わらずはっきり聞こえるのです。愛する女の名を、あの目が叫んでいる声が。
ついでに言うと、私は吉右衛門丈の脚線美は梨園一だと思っているので、それが拝見できるという点でも
おいしい役(←前回も似たこと言ったような)。
それからもう一つ。昔と較べると最近の方が格段に役者ぶりが上がっているのはどれも概ね同じなのですが、
この役はそれが特に印象的でした。近年の所演は、もし20年前の写真しか知らなかったらとても想像でき
ないだろうと思われるくらい、それはそれは色男。こういうのって、生意気ですけど何だかとっても嬉しい
んです*^^*。

ここから先は、まだ丈の直侍をご覧になったことがない女性ファンの皆様へのご注意。
くれぐれも心の準備をした上で拝見されることをお勧めします。でないと私のように、優艶などと呼ぶに
はあまりに強烈且つ直截的な、脳天をハンマーで殴りつけるがごとき、毒気と言うにも等しいあの凄絶な
色気に当てられ、終演後もしばらく席から立ち上がれないという事態に陥りかねません。
思い出しても、・・はああぁぁぁーーーっっ、・・直はん・・(←後遺症)

・次点の理由:今ももちろん十二分に素敵だけれど、こっくりしたとろけるよ
       うな気分がより深まればますます惚れちゃいそうだから。

●駒形茂兵衛『一本刀土俵入』:
「歌舞伎役者が揃いも揃ってやるものとは思えない」との謗り?もまま聞かれる新歌舞伎一般ですが、私
は意外と嫌いではありません。それはこれや『井伊大老』『元禄忠臣蔵』など、やはり大へん好きなもの
が幾つかあるから。
ただひとつの優しい思い出を大切に温め続けた茂兵衛。その一途さが心を搏つのは、彼が人生の夢に破れ
た男だからだと思います。吉右衛門丈の茂兵衛を見ていると、そんな男の生き様の切なさが強く迫るのです。

・次点の理由:ベストを10個に制限しちゃったから。お蔦に施しを受けると
       ころなんてもらい泣きもの。そうだ、はなからベスト10じゃ
       なく20にしておけば選定に悩む時間をもう少し短縮できたの
       に。今ごろ遅い!

●与右衛門『かさね』:
吉右衛門丈は色悪系めちゃめちゃ似合うと思う人は少なくないはず。『霊験亀山鉾』の藤田水右衛門なん
かも、すごくワルくてカッコよかった。

・次点の理由:もしかしたらご本人がこういうのあんまりお好きじゃないかも
       知れないから。

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