吉さんと私の赤い糸

私の部屋の中央に置かれたベッドの枕元には、吉さんの大きなポスターが貼ってあります。鬼平が役宅の門前で世の中の悪を許すまじと前方を見据えている写真です。

(このポスターをくださったお方、ありがとうございます。)

「吉さん」が初めて私の胸に芽生えたのは、10年ばかり前にNHKで放映されていた連続ドラマ「武蔵坊弁慶」(*)を見たときです。萬之助の頃から何となく知ってはいましたが、ファンというにはほど遠い存在でした。それが20年を経て、魅力的な弁慶となって私の眼の前に現われたのです。

 「こんなええ役者さんやったんか」

と眼を見張る思いで毎週番組を楽しみにするようになっていました。でも、これは序の舞、ほんとうの出会いのときはまだ来てはいませんでした。

歌舞伎ファンになったのもちょうど同じ頃です。特に贔屓があるわけでもなく、ただ歌舞伎の理屈では説明しきれぬ面白さに魅かれて通っていた頃です。

本屋で何気なく手にした吉さんの「半ズボンをはいた播磨屋」と題するご本を2500円という値段にもかかわらず、しかも、まだファンでもない役者さんの本を買ってしまったのです。何故なら、冒頭に書かれてあった吉さんの座右の銘

「人間万事塞翁が馬」は、私の大好きな言葉でもあったからです。吉さんと同じく幼い頃から「ひねくれ者」であった私には、生きる希望とも言えることわざでした。

吉さんが私のなかで徐々に大きくなっていました。そして決定的な瞬間がやってきました。京都南座初演の「鬼平犯科帳」を観たときです。それも、大詰めも大詰め、一等最後の台詞に私は「からだ」と「こころ」を震わせるほどの感動を得ました。この一言だけで、ああ来てよかった、と真実思いました。こののち、たびたび味わうことになる吉さんの台詞にこめられた命を私は確かに感じ取っていたと思います。

もちろん台詞だけでなく、表情やからだの動きひとつにもどれほどの感動を覚えているか、それを文章で表現するのは私には荷が重すぎます。私自身が生きてきた人生に呼応する吉さんを感ずればこそ、舞台の上の吉さんを求めて、住まいのある京都から、大阪は言うに及ばず、東京、名古屋と足をのばすようになったのだと思います。

最後に私が好きな吉さんのお役を挙げますと―

一條大蔵卿

幡随院長兵衛

実盛物語の実盛

弁慶・富樫

七段目の平右衛門(お軽は是非とも、玉さんで)

松浦の太鼓の殿様

鬼平

といったところでしょうか。(順不同です)

どんなに評判がよかろうと、俊寛のようなお芝居は好きではなくて、あくまでも、男っぽい役、かっこいい役、色気や愛敬のある役、きれいな役が好みなのです。意外にご存じない方が多いのですが、富樫を演じる吉さんの美しいこと(顔も立姿も)、最近は弁慶中心で多少残念なところです。

出会うべくして出会った吉さんです。いつまでもお元気で舞台にたってくださることを願わずにはおれません。

(*) このビデオを見ることは出来るのでしょうか。誰方かお教えください。

(**)京ことばには元来「さま」という尊称は存在しません。「吉さま」と呼ぶより
    「吉さん」のほうが私には自然ですので、これからは、「吉さん」と呼せてくださいね。

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