人間の中に存在するかもしれない真実


 歌舞伎座 昼の部  1月 4日


 さて、2007年の初逢瀬に行ってまいりました。  前回の俊寛さんを愛することができたので、俊寛さんに対する拒否反応は無くなったのですが いかんせん、初芝居の午前の部の俊寛さんはきついです。  でも、やっぱり、ナマの吉さまは良いですねぇ。 そして、去年は新歌舞伎の薄暗〜い照明での内蔵吉さまが見納めだったので内容は暗くても 明るい照明の舞台面は落ち着きます。あー、理屈抜きでこっちのが好きです。
   ああ、久々のナマ吉さまだ。うーん、冬でもつるぴかな足裏、綺麗だわ〜。 うっとり見とれつつも、…す、睡魔が…もとい、自主瞑想状態が〜。 …うとと…うとととと…うととととと〜ん…くーくーすぴー…(^_^;)  まま、三階からの逢瀬だったので、ゆるうく見物。自主瞑想の合間に覚醒して、覚醒したら、 双眼鏡でパーツ見。紙のように薄い草蛙を脱いで松小屋に入って貝のお鍋で新鮮わかめを煮る。 でかい貝殻だなあ、しかし、あの新鮮わかめと貝や小魚を食していれば、ミネラルもタンパクも カルシウムも摂れて健康体になるだろうなあ。  けど、ガタイはでかいのに、よろぼろだなあ。なじぇ?などと素朴な疑問を抱きつつ めそめそ俊寛さんを、ゆるうく見る。拒否反応は無いから景清さんの時のように怒りもなく、 かといって、めそめそさんで愛すべき人物像ではないので、わくわくもどきどきもせず どちらかというと、<俊寛>を見るというより、久々の<ナマ吉さま>を見る喜びの方が 勝っていて、邪道だなあと反省。ま、初逢瀬だし、今日は邪道に浸ろうかと。
   落ちては覚醒、そして、パーツ見→手指の筋メイクを見る→おちゃんしたときのつるぴか 足裏を見る→あー、ナマの吉さまだあ→リピート  そうこうするうち、赤面ブルマーにとどめを刺す場面に。やっと本格覚醒。おそっ。 ここらから、俊寛さんの自主的な積極性が見えてきます。あとはたたみかけるように山場へ。 熱がありながら、結晶化されたような枯淡さ。 前は、都へ戻ったところで、恋しい妻は死んでいるし、千鳥を自分の替わりに乗船させると いうのも愛情からというよりは、勢いとヤケ半ばな感じも少しはあったのに、今回は父替わりの <父>としての<娘>への愛情の方がより多く感じられました。 景清さんの娘への愛情より、うーんと強く。(いいかげん、トラウマを忘れたい。。)  <おーい>は少なめ、岩上の虚空を見つめる視線は長め。 虚ろで空っぽで自分を犠牲にしたけれど、<思い切っても凡夫心> 英雄にはなれない人間の性。孤独と空虚と寂しさの究極の<空っぽさ> 前回の俊寛では、この<空っぽさ>の苦悩と苦痛が私の心を打ちました。 が、今回、笑んでいるように見えましたよ。空っぽの中からほんのりとひっそりと、 <凡夫心>から一歩だけ進んだような、何とも言えない笑みが見えました。 限りなく人間らしいのに、限りなく、人間を超える限界の無い<愛>のようなものを 感じました。他者への愛が<凡夫心>を超えることもありうるのかもと。
 極端に言いますと、吉さまの俊寛を観るならば、最後の5分間だけでも充分かもしれません。 濾過して最後に濾された純粋な水のような俊寛かなあと。 それと、前々から吉さまの一人芝居熱望論者なのですが、俊寛ならば一人芝居に合うんじゃないかと。 苦悩の王様に会えそうです。ええ。でも、照明は明るくしてねん。  前半部分がほとんど半睡状態でしたので、その言い訳という部分もありますけども。(^_^;) いや、その分、最後の5分間に全集中力を注いだともいう。たぶん。 注目!は、わかめでも、貝鍋でもチラリナマアシでも岩上でつっぷした時に、目の周囲に ささっと施す青でもなく(私だけの注目点ですか?あら?) 岩上の目の色と想いと表情ですね。一階だと近いけれども岩上の表情は見えにくいし 三階だと遠いけれども双眼鏡を使えば、フレーム中いっぱいにあの目を見つめられますけど 実際に近くはないし、悩ましい問題ですわねぇ。
   また、正直に告白しておきますが、最後の5分間の俊寛さんには自分の人間感が変わるかも しれないほどの静かな衝撃を受けたのですが、(それと<希望>も。) しょーじきに言いますとね… 勧進帳の弁慶さんを吉さまで堪能したかったなあ。悲劇に向かう物語だけれども 勧進帳の弁慶さんはいわば<神>ですものねぇ。正月に観られたら、一年の厄逃れですよ。 どきどきわくわくですよ。ねぇ。去年の一日こっきりの弁慶がとてつもなくパワフルだっただけに、 残念です。言っても詮ないことですが。 弁慶さんだったら、三階からでも、そんな、ゆるうくじゃなくて、わくわくどきどきばくばくで 観られたのになあ。初愚痴ってことで告白しておきます。はい。
   あ、マジメな話、岩上の俊寛さんの表情に<笑み>が見えるか、感じられるか教えてくださいねん。 双眼鏡から穴の開く程に見つめていましたが、微妙な表情なんですよ。 人間らしい人間でありながら崇高。 うん?そうか、俊寛さんは仏様だと思って拝んでおけば、今年一年の厄逃れになる。かな?  と、無理やりまとめてみました。断言できるのは… 今年も吉さまが大好きだっ!ってことです。はい。
 2007年 1月 5日 記 (日付けが変ったばかり) 寝ても醒めても 表紙へ